|
【3】
Aー
そう考えると、やはり、いまの日本のヨガの流れに逆流していますよね。
S―
笑 そうなんだよね。
でもぼくが思うには、ヨガの到達が「己を取り払う」「何も求めない」強いては「無」みたいなことにあるとして、先導する立場の人間がそれを目指して、ヨガをやるひとたちにシェアしてしまうと、最初から「無」を欲しがってるってことになる。それはもう「無」じゃないでしょ。
単純に、ヨガやべぇ ってことでやり出して、欲丸出しで進んでいったときに、あーヨガに何かを求めるってことが違うんだと気づくことが最も重要な気がする。そうやって、もし到達する「無」があるとしたら、それが本物だと思うんだよね。だから、求めろ。「求めない」ことを求めるな。って言いたいかな。
あ 宇宙的になってきてる... 笑
Aー
キマしたね。ベジ節が。
ぼくは今多くの、例えばアフター5のOLがするヨガだったりを見てるとどうも捉え方が違って見えたりするんです。いわばファッションの一部みたいな。ファッションや美容としてヨガってアリなんですかね? 笑
S―
なしだね。なし。言いきっちゃえば、そういうヨガがあってもいいとは全く思わない。これまた一般的にヨガをやるひとの考え方と正反対で何が悪い!って感じなんだけど、ヨガをファッションとして身につけたいなら、その代金で流行の服でも買えばいいんじゃない?って思う。
いろんな方向性があって、例え違った捉え方でもヨガ文化が広まることが嬉しいと思ったり、小規模な業界の活性化につながる、みたいな考え方があったりするかもしれないけど、ぼくはそんなものあっていいとは思っていない。
というのも、ぼくは本当に自らの考えるヨガを伝えたいと思っているからなんだ。
マスの情報が拡張して、誤った認識が増え過ぎていったら、どうしたってこちら側が縮小していくわけで、そこでいろんな考え方があっていいなんて思っていたら、自分の道を自分で狭めてるのと一緒。ぼくは真剣にヨガを継いでいきたいと思ってる以上、生半可に違う考え方を認めるようなことはしたくない。だから、なし そう言いたい。
Aー
強い持論ですよね。それは。でもぼくはいいと思う。むしろそうあるべき。どっかの国の政治指導者のあり方を戒告してるみたい...笑
S―
ヨガの大義みたいなものからはかけ離れる考えだけど、いまこの時分、ぼくはそう思うので、それでいい。
Aー
じゃあ、どうやって佐藤ベジのヨガをメインストリームに持っていきましょう? 根源的な正しさって、強いもので、それ以外の半端なものは自然に淘汰されていく、いつか本物が残っていくことを信じたいとこですが。
(→右段【4】に続く) |
【4】
S―
そうだね。淘汰されてほしい。けど自然にっていうのは、そこまで待ってられないなと感じてる。恣意的にではないにしても、こちら側が何かしら仕掛けていって、それに追い風をさらに吹かせることができないかなといつも思ってるんだよね。使命感というよりは、やりたいからやる。
...
自分の考える道が間違っていたら「ゴメンね」だけどね 笑
―地震? 桟橋が揺れる
紅茶を啜る。ラテも啜る。
Aー
「VEGETABLE YOGA」は夫婦のユニット。だから奥さんの佐藤朋さんもヨガアーティストなわけで、珍しい+濃ゆい関係性だと思うんです。意見対立とか、なんとか―ってないんですか?
S―
ヨガの話はすごくするけど、対立することはないね。
人間一緒にいれば、いろんなところが見えてくるし、やっぱり一番キツいのは性根の部分を無意識に傷め合ったりしてしまうことなんだと思う。生活してれば嫌でもお互いが見えてくるものだし。
けどお互いが何か目標を持って行えることがあれば、うちでいえばヨガだけど、相互に尊敬する念がある。自分の不得意なポーズ、相手の得意なポーズから学んでいくみたいな。そこが素直にできることで、快適なバランスを保てるんだと思うけど。
Aー
ベジさん、朋さん、ふたりには昨年生まれて来た息子がいるんですけど、やはりヨガをやることになるんですかね。やらせてみたいと思ってる?
S―
そうだね。きっと彼はやるだろうし、やらせると思う。
でも、マスターしてほしいとか、自分の辿り着けないかもしれない場所に行ってほしいみたいなことは考えていない。夫婦が旨いと思ってる料理屋さんがあったら息子を連れていきたい、みたいな感覚と一緒かな。好き嫌いは別として、ぼくらが旨いと思ってるこの店を知っといてよ って具合。
Aー
もしかしたら、彼はその店をすごく嫌がるかもしれないすよね?そしたら悲しいかな...ってなりますかね。
S―
それはそれでいいんじゃない? もし息子が全く意図していない道を好んだとしても、それはぼくらの伝え方とか躾とかそんなのは関係ない。
つまりぼくらは息子が考えることを見守り続ける固い意志があるってことだけを持つようにする。故にそれは悲しいってことじゃないと思う。
息子にとってヨガがフィットすることなんだとしたら、ぼくらがどんなに押し付けがましく、逆にどんなにやらせまいとしても、結局やることになるんだから。
(↓左下段【5】に続く) |