【シュントウシャ】 デザイン・文筆・出版・企画・編集の総合事務所
SHUNTO-SHA / design and writing office / Kasugacho Nerima Tokyo NIPPON

春十舎概要 美術室 つながる人々 お問い合わせ



【春十舎の濃縮対談.2】佐藤ベジ(ベジタブルヨガ)× 相原春十 / 【SHUNTO TALKS.2】Vege.SATO (VEGETABLE YOGA) × S.Aihara



東京を中心にハタヨガ一流派であるダーマヨガを伝承する佐藤ベジ、佐藤朋によるユニット「VEGETABLE YOGA」。
ふたりのヨガアーティストが伝え続ける“本物”のヨガについて佐藤ベジとの対談。
ある昼下がり、ボート倶楽部跡地の水辺から、瑞々しくお届け。

【1】
*****

玄人(くろうと)に通じるだけじゃ“ダメ”。
おばあちゃんや子供に通じるようなスタイル。
つまり“突き抜けないとな”ってこと。

*****

相原春十(以下A)ー
何故ヨガ/YOGAだったのか?
(佐藤ベジはTV業界のマネージメントという職を卒業し、2009年ヨガアーティストに転身した。)

佐藤ベジ(以下S)ー
 まず、初めてやってみたときの感触を第一に考えてる。何かを始めて、それをやり続けていくなら、その道の上級者になりたいっていう思いがあるんだよね。
ヨガをやり始めたとき、「あ、これ、おれに向いてる」と肌で感じた。理屈じゃなくて。肌。
今まで、いろんなスポーツをやってきたなかで、じゃあ、それらが自他共に認めるような、例えば日本を代表するようなステージでやれてたかと言われればそうじゃない。もしかしたら、そこまで考えていなかったのかもしれない。
ならば、ここで、肌で強く感じた“ヨガ”というスポーツで自分を緊張感もって一度ジャッジしてみたい、そんな風に思ったんだよね。

Aー
 とにかく「やってみる」ってすごく重要。すこしでもいいから未知なものに触れてみるってこと。
そうしないと、それがどんな熱もってて、どんな匂いしてて、自分にあってるとかあってないとかがわからない。
やってみるってことは適度に自分にプレッシャーがかかることだからある種難しいことなのかもしれない。けど、自分をごまかしてでもいいから、騙されたと思って、やってみる。ついには腰をあげると、途端に体が軽くなる、ないしは、視界がいきなり開けたりする。そういう意味でいくと、ベジさんとヨガの出会いは人生最大の幸福を手にいれてしまったといっていいかもしれない。

Sー
 奥さんに出会ったときと同じ感覚。ヨガとの出会いは奥さんとの出会いでもあったから、
やってみると、変わっていくよ。必ず。
(→右段【2】に続く)

【2】
Aー
 ヨガって、巷では、健康志向や美容の代名詞みたいなところがあるように思えるんですが、ぼくは「VEGETABLE YOGA」を見てるいると、本来それは違うんじゃないかと思ってくるんです。

S―
 そうなんだよね。答えは、ぼくが世界一のヨガのポーズを作りたいってことにあったりする。
いま、日本のヨガという潮流が、いわゆる「ヨガの効果」っていうところに結びつき過ぎていて、本当のヨガというものが見えにくくなってる気がする。本来、健康や美容のためだったら、それはヨガじゃなくてもいい。ジョギングやジムトレーニングやらであっても身体における健康や美容っていうのは望めるわけだし。
健康や美容って過剰に付加された効果をすべて取っ払ったときに残るもの、純粋にヨガのカッコよさとか、美しさって部分を最大限引き出すべきだと思ってる。
自分を高めて誰よりも美しいポーズを見せるってことを心底望まないといけないと思うんだよね。
つまりエゴであっていいってこと。
まあ誰しもがそうである必要はないかもしれないけど、ただぼくが思うヨガっていうのはそこなんだと思う。

Aー
 ならば、佐藤ベジが目指すヨガの到達ってどこ?

S―
 現段階では、自己実現つまりエゴってことでいいと思ってる。つまりひとが自分をどう見るかってこと。

 これはぼくの師匠ダーマミトラ、強いては広域なヨガマーケットも提唱していることだけど、ヨガの到達でいえば「己のエゴを取っ払いなさい」ってことにある。
ぼくが思う真逆のことだったりするんだけどね。
でも、果たして、ヨガをやろうと思ったとき、その神髄を見たいと思ったときに、最初から「己のエゴを取っ払う」ってことから入るべきなのかと考える。
ぼくは違うと思う。
 まず師匠の提唱を踏まえた上で、今自分が目指すものが、仮に世界一美しいポーズをしたいというエゴだったとしても、それを追求していくべきだと思ってる。それが師匠ダーマミトラへの多大なる尊敬の念でもあると思うし、いまわからない境地をわかるフリして進むことよりも、自分の信じる道をひたすら追求してみて、いつか見えるだろう「エゴを取っ払う」境地に辿り着くのを楽しみにしたいって感じかな。それには、今やってることを突き進んで、もしその道が間違っていると認識するときがあれば、もう一度振り出しに戻って再び始めるってことを怖れないことな気がする。今はポーズ、世界一の。
(↓左下段【3】に続く)

【3】
Aー
 そう考えると、やはり、いまの日本のヨガの流れに逆流していますよね。

S―
 笑 そうなんだよね。
 でもぼくが思うには、ヨガの到達が「己を取り払う」「何も求めない」強いては「無」みたいなことにあるとして、先導する立場の人間がそれを目指して、ヨガをやるひとたちにシェアしてしまうと、最初から「無」を欲しがってるってことになる。それはもう「無」じゃないでしょ。
 単純に、ヨガやべぇ ってことでやり出して、欲丸出しで進んでいったときに、あーヨガに何かを求めるってことが違うんだと気づくことが最も重要な気がする。そうやって、もし到達する「無」があるとしたら、それが本物だと思うんだよね。だから、求めろ。「求めない」ことを求めるな。って言いたいかな。
あ 宇宙的になってきてる... 笑

Aー
 キマしたね。ベジ節が。
 ぼくは今多くの、例えばアフター5のOLがするヨガだったりを見てるとどうも捉え方が違って見えたりするんです。いわばファッションの一部みたいな。ファッションや美容としてヨガってアリなんですかね? 笑

S―
 なしだね。なし。言いきっちゃえば、そういうヨガがあってもいいとは全く思わない。これまた一般的にヨガをやるひとの考え方と正反対で何が悪い!って感じなんだけど、ヨガをファッションとして身につけたいなら、その代金で流行の服でも買えばいいんじゃない?って思う。
 いろんな方向性があって、例え違った捉え方でもヨガ文化が広まることが嬉しいと思ったり、小規模な業界の活性化につながる、みたいな考え方があったりするかもしれないけど、ぼくはそんなものあっていいとは思っていない。
というのも、ぼくは本当に自らの考えるヨガを伝えたいと思っているからなんだ。
 マスの情報が拡張して、誤った認識が増え過ぎていったら、どうしたってこちら側が縮小していくわけで、そこでいろんな考え方があっていいなんて思っていたら、自分の道を自分で狭めてるのと一緒。ぼくは真剣にヨガを継いでいきたいと思ってる以上、生半可に違う考え方を認めるようなことはしたくない。だから、なし そう言いたい。

Aー
 強い持論ですよね。それは。でもぼくはいいと思う。むしろそうあるべき。どっかの国の政治指導者のあり方を戒告してるみたい...笑

S―
 ヨガの大義みたいなものからはかけ離れる考えだけど、いまこの時分、ぼくはそう思うので、それでいい。

Aー
じゃあ、どうやって佐藤ベジのヨガをメインストリームに持っていきましょう? 根源的な正しさって、強いもので、それ以外の半端なものは自然に淘汰されていく、いつか本物が残っていくことを信じたいとこですが。
(→右段【4】に続く)

【4】
S―
 そうだね。淘汰されてほしい。けど自然にっていうのは、そこまで待ってられないなと感じてる。恣意的にではないにしても、こちら側が何かしら仕掛けていって、それに追い風をさらに吹かせることができないかなといつも思ってるんだよね。使命感というよりは、やりたいからやる。
...
自分の考える道が間違っていたら「ゴメンね」だけどね 笑

―地震? 桟橋が揺れる
紅茶を啜る。ラテも啜る。

Aー
 「VEGETABLE YOGA」は夫婦のユニット。だから奥さんの佐藤朋さんもヨガアーティストなわけで、珍しい+濃ゆい関係性だと思うんです。意見対立とか、なんとか―ってないんですか?

S―
 ヨガの話はすごくするけど、対立することはないね。
 人間一緒にいれば、いろんなところが見えてくるし、やっぱり一番キツいのは性根の部分を無意識に傷め合ったりしてしまうことなんだと思う。生活してれば嫌でもお互いが見えてくるものだし。
 けどお互いが何か目標を持って行えることがあれば、うちでいえばヨガだけど、相互に尊敬する念がある。自分の不得意なポーズ、相手の得意なポーズから学んでいくみたいな。そこが素直にできることで、快適なバランスを保てるんだと思うけど。

Aー
 ベジさん、朋さん、ふたりには昨年生まれて来た息子がいるんですけど、やはりヨガをやることになるんですかね。やらせてみたいと思ってる?

S―
 そうだね。きっと彼はやるだろうし、やらせると思う。
でも、マスターしてほしいとか、自分の辿り着けないかもしれない場所に行ってほしいみたいなことは考えていない。夫婦が旨いと思ってる料理屋さんがあったら息子を連れていきたい、みたいな感覚と一緒かな。好き嫌いは別として、ぼくらが旨いと思ってるこの店を知っといてよ って具合。

Aー
 もしかしたら、彼はその店をすごく嫌がるかもしれないすよね?そしたら悲しいかな...ってなりますかね。

S―
 それはそれでいいんじゃない? もし息子が全く意図していない道を好んだとしても、それはぼくらの伝え方とか躾とかそんなのは関係ない。
つまりぼくらは息子が考えることを見守り続ける固い意志があるってことだけを持つようにする。故にそれは悲しいってことじゃないと思う。
 息子にとってヨガがフィットすることなんだとしたら、ぼくらがどんなに押し付けがましく、逆にどんなにやらせまいとしても、結局やることになるんだから。
(↓左下段【5】に続く)

【5】
Sー
 そんな話になったからついでに。子育てのテーマについてだけど。
 そっと(親が)応援しているのは(子に)気づくように、そっと(親が)手助けしてるのは(子に)バレないように。って考えてる。どこまで出来るか、難しいけどね。だからテーマなわけであって。

Aー
 一連の話も結構深層な部分に入ってってますね...
ぼくはデザインや文筆を作るとき、メジャーとアングラの距離感のバランスだと思ってるんです。
 物語なきキャッチーや玄人にだけ理解できるアートは残念だと思っているんですけど。
だから「VEGETABLE YOGA」佐藤ベジが、とにかく美しいポーズを作るべきという考え方と重なる部分があるような気がして。

S―
 そうだね。その辺を歩いてるおじいちゃんやおばあちゃん、子供たちみたいなひとが自分を見たときに、理屈なく、まずスゲーなと思うところが大事かもね。それには自らの哲学/スタイルを決め持つことがすごく重要なんだと思う。

Aー
 ひとつのことを学び続ける姿勢。極めようとする姿勢。まっすぐな姿勢。ヨガのポーズがまったくもって美しいのは、とにかく真っすぐな姿勢。それが基本。

2011年9月初秋、ボート倶楽部跡地の水辺、アイスラテとストレートティー2杯づつ。



Writing : kazuhiro aihara


【VEGETABLE YOGA official website!!】


【PROFILE & MOVIE !!】

佐藤朋 / tomo SATO

4歳からクラシックバレエに打ち込み、一転1997年単身NYへ渡米。マーサ・グラハム・コンテンポラリーダンスを基礎から学ぶ。2005年にヨガの指導を本格的にスタート。2007年、ダーマヨガの指導者養成プログラムに雑誌『Yogini』のフルスカラシップ生として参加、再びNYへ。現在は、一歳になる息子太郎の育児とヨガティーチャーの兼業生活に奮闘中!

佐藤ベジ / vege SATO

2009年秋に脱サラ。2010年始には丸二ヶ月間、単身NYに渡米。ダーマヨガNYセンターで本場の厳しさのなか練習漬けの日々を送る。
2010年5月の指導者養成プログラムには、ダーマヨガNY本部から派遣される唯一人の特待生として参加し、ダーマヨガ正式指導員の免状を授かる。

1976年生まれ、千葉県出身。一児の父。





©2012 SHUNTO-SHA All Rights Reserved.